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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)99号 判決 1965年4月22日

原告 山城屋商事株式会社

被告 寶酒造株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告は、「昭和三二年審判第四一七号事件につき、特許庁が昭和三七年五月一四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二、原告主張の請求の原因

一、登録第二四二、三二七号商標は、「宝」の漢字を太くやや図案化して書き、その下にやや小さく片仮名で「タカラ」と左横書して成り、昭和七年七月四日訴外木村悌蔵が旧類別(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三六号商標法施行規則第一五条所定)の第一五類玻璃並びに他類に属せざる玻璃製品及び琺瑯質品を指定商品として出願し、昭和八年四月六日登録を受けたもので、昭和三一年五月八日存続期間更新の登録を経たものであるが、原告は右木村から訴外山城屋合資会社を経て昭和二七年七月三〇日これを譲り受け、昭和三一年一月三〇日取得の登録を了したのであつて、現に右商標の商標権者である。

二、これに対し、(イ)号標章は「TAKARA」の欧文字を横書し、その右にやや間隔をあけて「登録商標」の文字を「登録」と「商標」に分けて、中間に「寶」の文字を大きくやや図案化して書いたものをさしはさんで左横書し、前記「TAKARA」の文字の下に「正味640C.C詰」の文字を、また「登録」「寶」「商標」の文字の下に「寶酒造株式会社」の文字をそれぞれ上下にやや間隔をおいて左横書して成るものであるが、被告は(イ)号見本に示す商品ガラス壜の肩部に右(イ)号標章を浮彫りし、商品ガラス壜の標章として使用しているので、原告は昭和三二年八月一七日被告を相手どり特許庁に、(イ)号見本に示す商品ガラス壜に使用する(イ)号標章は原告の前記登録第二四二、三二七号商標権の権利範囲に属する旨の確認審判の請求をしたところ(同年審判第四一七号)、特許庁は昭和三七年五月一四日要旨次記三の如く判断して原告の右審判請求を却下する旨の審決をなし、原告は同年六月六日審決書謄本の送達を受けた。

三、右審決の要旨は次の如くである。

被請求人(被告)は酒類等の製造販売業者であり、また(イ)号見本に示されるガラス壜は被請求人がその製造した味淋または焼酎のような酒類を販売するために容器として使用するガラス壜であると認められる。

ところで(イ)号標章は右(イ)号見本に示されるガラス壜に浮彫りされているが、右ガラス壜は被請求人の商品と認められず、被請求人が酒類の容器としてのガラス壜を商品として取り扱うものでないことは取引経験則上明らかである。しかも商取引における経験則に照らし酒類の容器としてのガラス壜に(イ)号標章のように浮彫りした標章はガラス壜の出所識別のための標章とは認められず、その識別のためにはこれとは異る表示方法があるものと考えられる。

以上の如く、(イ)号見本に示すガラス壜に附せられた(イ)号標章は商品ガラス壜について使用されていると認められないから、商品について使用されていると認められぬ標章に関し、登録商標権の権利範囲確認審判を求める本件審判請求は、旧商標法(大正一〇年法律第九九号、以下単に旧法ともいう。)第二二条第一項第三号の規定に徴し不適法というべく、却下を免れない。

四、しかるところ審決は次のとおり違法であるから、取り消さるべきである。

(一)  まず(イ)号見本に示すガラス壜は被告の営業にかかる商品であること次に述べるとおりである。

(イ) 被告の営業目的は、その定款の記載からも窮えるように、単に酒類等の製造販売に止まらず、これに附随または関連する業務も含まれているのである。とすれば、酒類の容器としてのガラス壜の取扱、その製造、販売は、酒類等の製造販売に附随関連するものとして当然被告の営業目的の一部をなし、その意味でガラス壜それ自体被告の営業にかかる商品であるといわねばならぬ。

(ロ) しかもガラス壜は、酒類等の内容物とは別個独立の商品価値を有し、独立の取引単位をなしているのであつて、この点内容物に吸収され、それ自体としては別個の商品価値を認められない紙箱、包装袋の如き容器とは異る。換言すれば、実際の商取引においては、ガラス壜は内容物とは別個の商品として取り扱われているのであり、そのことは世上酒類、醤油等の販売上の慣行として、いわゆる「壜附き」の場合と「壜別」(代わり壜を持参したとき等)の場合とでは異つた価額で取引が行われ、ガラス壜の価額が内容物とは別個に定められている一事によつても明らかである。すなわち壜自体の価額が定められ、需要者もその価額を支払つている以上、壜も取引の目的物とされ、販売されているのに相違はなく、そのことは、需要者としては、代り壜を持参するなり、酒類等だけを購入することによつて、壜を買う必要がないという点からも首肯されるであろう。

仮りに、被告において販売せんとする主たる目的物が酒類等の内容物であるとしても、壜はこの内容物を販売するため、換言すれば内容物販売という主目的を達成――しかもより効果的に――するため、壜をも販売しているのである。それはいわば、とり合わせになつている商品ともいうべく、被告にとつては壜を販売することにより、内容物の販売を促進し、利益に資するという意味で、営業上もこれにより実質的な利潤を得ているのである。

とすれば、被告においても、ガラス壜は酒類等とは別個の商品をなし、その営業活動の一環として取り扱われ、それ自体商取引の目的物となつているものといわなければならない。

(ハ) 右の事実は、被告が一たん酒類等をいれて販売したガラス壜を空壜として回収し、さらにこれに酒類等をいれて販売していることからも十分裏書されている。けだし少くともこの回収の段階では、ガラス壜は内容物とは完全に切り離され、直接商人たる被告の商行為(商法第五〇三条所定)の対象として取り上げられているからである。のみならず、被告はかかるガラス壜の回収において直接にか間接にか、何らかの経済的利益をあげているのである。けだし、もしガラス壜が単なる商品の容器に過ぎず、その取扱に何の利益も期待されないとするならば、被告は回収という繁雑な手数と費用をかける筈はないのであつて、それをあえて回収しているというのは、その方がガラス壜を新規に買い入れるよりも、何らかの意味で営業上被告の利益に役立つからであろう。とすれば被告は営業的利益追求のためにもガラス壜を取り扱つていることは明らかで、この意味においてもそのガラス壜は被告の商品であるといえる。

(ニ) 元来被告は現にガラス壜について登録第四一〇、〇八五商標を所有している。右商標は、「寶酒造株式会社」の文字を縦書して成り、旧類別第一五類硝子製壜其の他本類に属する商品を指定商品として昭和二六年一月二四日出願されたものであるが、被告がかかる商標を商品ガラス壜について登録出願し、その登録を得ているという事実は、ガラス壜が被告の営業に係る商品であり、被告にはガラス壜について商標を使用する営業があることを示すものに外ならない。けだし、若し、ガラス壜は被告の営業に係る商品でなく、被告にはガラス壜について商標を使用する営業がないならば、被告は商品ガラス壜についていかなる商標の登録も受けられない筈であり、特に右の登録出願日当時施行されていた旧商標法は商標と営業の関係を重視していたのであるから、右の商標登録の事実からすれば、被告にはすでにその当時以来ガラス壜について商標を使用する営業があり、ガラス壜がその商品であることは明らかである。

(二)  次に(イ)号標章は、右の如き被告の営業にかかる商品たるガラス壜につき、その出所識別のための標章として使用されていること次に述べるとおりである。

(イ) 酒類等をガラス壜にいれて販売する場合、内容物たる酒類等の出所識別のためには、ガラス壜の中央部に大きく紙牌(ラベル)を貼附する方法によるのが業界一般の実情であり、また周知のように一般需要者としても酒類等の壜詰飲料を購入する場合まずその壜に貼用されているラベルによつて内容物を確認し、その出所を判別しているのであつて、かかるラベルによる内容物の甄別ということは取引上の慣行とさえなつている。しかも(イ)号標章はガラス壜の肩部に浮彫りされ、色彩も壜のそれと同一色であるから、簡易迅速を要求する実際取引においては見落され易く、それは前記のようにラベルが貼用され注意がこれにひかれる場合には一そう強まるものといわなければならない。従つて、もし(イ)号標章が内容物の標章として使用されているものとするならば、被告は何が故にかように看過され易い場所に看過され易い方法でこれを表示したのであろうか。内容物たる酒類が一般大衆相手の商品である以上、その製造販売業者たる被告としては、最も需要者の注意をひき易い場所に、ひき易い方法でこれを表示するというのが当然であることを考えると、以上の事実は(イ)号標章が内容物の標章として使用されているものではなく、ガラス壜それ自体の標章であることを示しているといえる。

(ロ) のみならず被告は前記の如く一たん販売した後にガラス壜を回収しているが、この場合被告がガラス壜に浮彫りされた(イ)号標章に、空壜自体の自他甄別機能を期待していることは、取引経験則上想像するに難くないところである。けだし、ガラス壜の中央部に貼用されているラベルはもともと内容物たる酒類の標章である上、単に壜に貼用されているに過ぎないため、ガラス壜が一般需要者の手にある間に、剥離または毀損されることが多く、ガラス壜自体の標識としては充分機能し得ないのに対し、(イ)号標章はそれが直接ガラス壜に浮彫りされているため、剥離、毀損されるおそれもなく、またその表彰されている場所、色彩等から前記の如く内容物の標章とは認め難いにしても、ガラス壜という比較的限られた業者の間で取引される商品については、充分標章としての機能を期待し得るからである。

(ハ) もとより業界においてかように商品ガラス壜を回収したとき常に必ずしも浮彫りされた標章に示された出所に復帰して来るとは限らず、そのために例えば「甲酒造会社」と浮彫りされたガラス壜に乙酒造会社の酒類がいれられ「乙酒造会社」のラベルが貼用されて再び市販されることも多い。しかしこのことは壜に浮彫りされた標章がガラス壜自体の標章であるという右の原則と何ら矛盾するものではなく、むしろ逆にこのことを立証する一つの資料を提供しているといえる。すなわち、右のようにラベルの表示と壜に浮彫りされた標章とがくいちがう場合には、需要者はまず前者の表示によつて内容物の出所を識別し、後者の標章の如きは単にガラス壜の出所を示しているに過ぎないと考えるのが通常であつて、世人は「甲酒造会社の壜に乙酒造会社がその酒をいれて売つている」と考えるのが実際取引における経験則に照らし明らかであろう。とすれば、この点からも(イ)号標章は商品ガラス壜自体についてその自他甄別標識として使用されているといわねばならない。

(三)  右のように、(イ)号見本に示すガラス壜は被告の営業にかかる商品であり、そして(イ)号標章はこの商品ガラス壜につきその標章として使用されているものであるから、当然に前記の如き指定商品をもつ登録第二四二、三二七号商標の権利範囲確認審判の対象となり得るものである。

五、なお、(イ)告見本に示すガラス壜は被告の営業に係る商品であり、(イ)号標章は被告がこの商品ガラス壜について使用しているものであること前記の如くであるが、仮りにそうでないとしても、新商標法(昭和三四年法律第一二七号、以下単に新法ともいう。)は旧法と商標の定義を異にし、商標の範囲を拡大しているのであつて、新法上(イ)号標章は本件確認審判の対象となり得る。以下分説する。

(一)  新法第二条第一項は商標を定義しているが、それによれば商標は次の構成要件から成り立つている。

(1) 「文字、図形……………結合(標章)」という外形的構成的要素

(2) 「業として商品を生産し……………譲渡する者が」「その商品について使用をするもの」という、使用者に関する人的要素と使用の対象物に関する物的要素

ここに「業として商品を生産し………譲渡する者」とは商標使用者についての一般的地位を規定したもので、商標概念がその使用者という人的要素にけん連していることを意味しており、「業として」とは継続、反覆しての意味であり(商法第四条参照)、営利を追求する必要も、現実に利益を得ている必要もない。また「商品」とは取引の対象となり得るものであり、物品の商品性は取引社会によつて決定される。「使用」については同条第三項が定義しており、「商品について」使用とは「商品等に」のことで、商品そのものだけでなく「商品の包装、商品に関する広告、定価表又は取引書類」に使用することである。

(二)  新法においては、商標たるには右のように一定の者がその商品について使用する標章であれば足るとしているのであり、旧法における「自己ノ………営業ニ係ル商品ナルコトヲ表彰スル為」という要素は除かれているのであつて、新法上商標たるには営業――商標の使用を必要とする営業――の存在を必要とせず、商標は営業から完全に切り離されており、また右のように旧法の規定していた標章使用の意思的要素は商標概念には入つていないのである。そして旧法においては、「自己の営業に係る商品なることを表彰する」として商標概念をその機能面から把えていたが、新法はこの商標の機能を商標概念からはずし、単に「商品について使用する」としてこれを事実的行為面から把えているにすぎないのである。換言すれば、新法においては、商標は「商品について使用」されておれば足り、使用された商標がいかなる機能を果すかとか、果すものと期待して使用されているかとは問題でない。

もとより多くの場合、商標の使用者はその使用について、何らかの機能を与え、効果を期待しているであろうし、また商標は出所表示等の機能を果しているであろう。しかし商標とは何か(概念)ということと、商標はいかなる役割を果すか(機能)ということとは別のことであり、商標概念をその機能を無視して把え得ない道理はなく、概念は技術的にいかようにも構成し得るのであり、新法は商標の機能をその概念構成からはずして、前記(一)におけるように外形的要素、使用者及び対象物に関する要素の三つのもので商標概念を構成し、これに該当するものはすべて商標法の規制の対象としたのである。

(三)  ところで右の如く新法が商標概念の構成要素としているところに照して本件(イ)号標章を検討するに、それが外形的要素を具えていることは明らかであり、右標章の使用者たる被告は継続、反覆し、さらには直接、間接に利益を得るために、壜を譲渡しており、且つその壜は内容物とは独立の経済的価値をもつた被告にとつての商品であり、そして右標章はこの被告の商品たる壜そのものに附せられているのであるから、結局(イ)号標章は新法上商標であるといえる。

とすれば、(イ)号標章は本件権利範囲確認審判の対象たり得べきであり、本件において「商品について標章使用を必要とする営業の存在」を要求するのは、商標の使用される商品が、営業上一定の機能を営む商標を使用しなければならない(又は使用する価値ある)特殊の商品であることを要求するものであつて、それは商標が何かの必要性に基いて使用されるという目的的、意思的要素を商標概念に不当に混入し、あるいは商標を主観的営業の概念にけん連して把握せんとするものであつて、商標の概念をその機能と同一のものと誤解したか両者を混同したかに由来する誤つた見解というべきである。

第三、被告の答弁及び主張

一、請求原因第一項は、原告の商標権譲受及びその登録の各時期を除きその他は認める。右譲受日は昭和三〇年一〇月五日であり、その登録日は昭和三一年一月三一日である。第二項は、被告が(イ)号標章をその商品ガラス壜の標章として使用している旨の主張部分は否認するが、その他は認める。第三項は認める。

二、請求原因第四項における原告の主張は全面的に争う。その各主張に対し次のとおり反駁する。

(1)  請求原因第四項(一)について。

被告には(イ)号見本に示すガラス壜について旧商標法に規定する意味における商標を使用する営業はなく、右ガラス壜は被告の営業にかかる商品ではない。

(い)、右(一)の(イ)の主張について。

一般に、ある物品に附された標章は常にその物品の標章であるとは限らないし、また出所を表示するものはすべて商標であるとは限らない。それが商標であるためには、旧商標法第一条にいうように、「自己の生産、製造、加工、選択、証明取扱又ハ販売ノ営業ニ係ル商品ナルコトヲ表彰スル」ものでなくてはならない。ここにいう営業は商標を使用する営業、換言すれば商標の使用に親しむ営業であることを要し、商標の使用に親しむものとして右七つの営業が規定されているのである。そして、被告は酒類の製造販売業者であつて、その製造にかかる焼酎を販売するに当り(イ)号見本に示すガラス壜を容器として使用するものである。――そして(イ)号標章は、被告が有する登録第五七、八〇〇号商標(右標章の一部にある如く、寶の文字をやや図案化したものから成り、焼酎等を指定商品とする。)の商標権に基き、右の容器としての壜に内容物の標章として浮彫りしているのである。――ところで被告においてガラス壜を酒類の容器として使用する右の行為は、法の定める前記七つのいずれの営業に係るものでもない。

原告は、「ガラス壜の取扱」の語を使用しているところからすれば、取扱の営業であるとするものの如くであるが、法にいう取扱の営業とは運送業、倉庫業等他人の物品を取り扱う営業を指すのであり、被告がガラス壜を容器として使用することが、右の意味における取扱の営業に係るものでないことは明らかであり、また被告は右の如くガラス壜を容器として使用するだけで、外にその製造、販売の行為はしていない。

(ろ)、同(ロ)の主張について。

被告は、壜を販売するものではなく、あくまで酒類を販売するものであり、また需要者側からみても、壜を買うのではなく、内容物たる酒類を買うものであつて、壜は被告の営業(継続的営利行為)の目的物とはなつていないのであるから、被告にはガラス壜についての営業はない。壜附きと壜別とでは価額に差があるということは、ガラス壜自体に商品価値があるというだけのことであつて、その商品価値に関係して商標使用を必要とする営業が存在することにはならない。

(は)、同(ハ)の主張について。

回収という行為は被告にとつては、酒類を詰める壜を購入しているのに外ならず、その都度購入代金を支出しているのであつて、新壜に比して安価に入手できるというだけで積極的利益はないのであり、またこの回収という行為が前記旧商標法第一条所定のいずれの営業にも該当するものでないことは明らかである。

(に)、同(ニ)の主張について。

商標登録を受けるについて現実の営業の存在は必要ではなく、旧法時代にも同様で主観的な内心の意思があれば足りたのであつて、被告が原告主張の如き商標登録を受けたからといつて、ガラス壜についての営業の存否には直接関係なく、この点についての原告の主張は当らない。なお被告においてかように「寶酒造株式会社」の文字を縦書して成る商標について登録を受けたのは、現行法でいえば防護標章的な効力のある権利を保有することを直接の目的としていたものである。

(2)  さらに商品という観点からみて、ガラス壜は被告にとつて商品ではない。すなわち被告はガラス壜の需要者に過ぎず、需要者において商標の使用ということはあり得ない。原告の主張は、営業に使用される物品と営業に係る商品とを混同しているものである。ある物品の使用という行為においては、その使用される物品は使用者にとつては商品たり得ず、当該物品を直接の目的物たる商品とする営業は存在しない。その物品が仮りに商品価値を有するとしても、営業に係る商品であることとは区別されねばならない。その商品価値に直接関係して利益を引き出す行為――営利行為――営業が存在しなければ、旧商標法にいう商標が使用される商品ではない。商業の目的物としての商品がなければ、商標の使用の問題は生じ得ない。

(3)  請求原因第四項(二)について。

被告の右主張の如く、ガラス壜につき被告には商標を使用する営業がなく、被告にとつてガラス壜が商品でない以上、(イ)号標章が被告の営業にかかるガラス壜の標章として使用されているとする原告の主張はすでに失当であるが、この点はしばらくおき、原告の主張に即して反論すれば次のとおりである。

(い) 右(二)の(イ)の主張について。

ガラス壜の肩部に浮彫りされた標章はその中央部に貼付された紙牌よりその識別機能が劣るとしても、なお内容物の商標たる性質がないわけではないと共に、仮りに内容物の標章として使用されない場合があるとしてもそのため直ちに容器たる壜の標章であることにはならない。壜の標章であるためには、前記の如く壜が商品であつて、その商品であることに関係して商標を使用する営業が存在しなければならない。

もともと酒類の容器たるガラス壜において、例えば酒類製造販売業者に対し、壜製造業者が壜を提供し、あるいは空壜回収業者が空壜を提供する場合等におけるが如く、そのガラス壜自体が商品であるときに、その商標としてある標章を表示するには、それに適した表示方法が採られるべきものである。容器には通常内容物の表示がなされるのであり、ガラス壜自体を商品としての商標は内容物の表示と見まがうような位置や態様で表示するのを避けるべきが当然である。そして実際にはガラス壜製造業者がガラス壜自体について標章を付ける場合には、通常内容物の表示に使用されることのない底面にそれを表示している。包装用容器の類の物品についてそれら自体が商品である場合に使用される商標は、その物品上いかなる位置に、かついかなる態様で表わしてもよく、商標権の効力はそれらのいかなる場合にも及ぶものとすれば、この種の物品(昭和三五年通産省令第一三号商標法施行規則第三条所定の第一八類)を指定商品として商標登録を受ければ、実際上全商品を支配できる結果となり、指定商品ごとに商標使用の排他的独占権を認める法の精神に反することになろう。ガラス壜の肩部に内容物たる商品の商標を浮彫りして表わすことは古くから極めて普通に行われているところであり、これに対してガラス壜自体の商標がその肩部に表わされているというが如きは絶えてきかないところである。右の実際上行われているところに即し、すでに、一般に酒類その他の飲料の容器たるガラス壜の胴部に浮彫で表わされた標章は内容物の標章となすべきことは、多くの判決例の確立しているところであり、また新法も特に規定を設けて商品の包装に標章を附し、また附したものを譲渡する行為が内容物たる商品についての標章の使用として容認されることを明らかにしている。焼酎の商標たる(イ)号標章をその容器たるガラス壜に表わすことは被告にとつて正当な権利の行使である。なお、原告が、壜の胴部に貼付されたラベルの表示との不一致の場合をとらえて、しきりにガラス壜の商標であると主張するビール壜の肩部の浮彫標章を見れば、例外なく「……ビール」と表わされているが、この「ビール」の文字をもつ標章が壜の標章であるといえようか。

(ろ) 同(ロ)の主張について。

回収という行為において被告は需要者であつて提供者ではないから、被告には旧商標法第一条第一項にいう商標の使用行為はない。回収の過程においては空壜は商品であるが、(イ)号標章は空壜回収業者の提供に係るものであることを表彰するものでないことは明らかである。なお、浮彫りによつて、壜詰したもとの業者に帰つて再使用されるべきものとすれば、その必要性は、他の業者の壜を使用すれば内容物がその他の業者のものと混同を生ずるのでそれを防ぐという目的において存するのであつて、このことは、浮彫りもまた内容物の商標であることの証左に外ならない。

(は) 同(ハ)の主張について。

なるほどビールでは、他社の古壜を再使用して壜詰ビールを販売することもあろうが、この場合ラベルの表示と壜に浮彫りされた標章とがくいちがつても、需要者においては、例えば「タカラビールの入つていた壜を再使用して朝日麦酒株式会社がアサヒビールを売つている」という認識があるだけである。需要者にとつて必要なのは、内容物たるビールがどこの会社の製品かということであつて、壜がどこで作られたかによつて買う商品を選択するものではない。従つてこの場合、浮彫りされた標章は、何ら自他商品の甄別機能を果していない。

もともとビール業界で他社の空壜が使用されたのは、戦時中及び終戦後の物資不足という国家経済的な特殊な事情のため、一般消費者における混同に対して無責任に行われた一時的かつ変則的な現象であつて、かように正常でない特別の異変の下に生起する事象をよりどころにして、浮彫りされた標章は内容物の商標でないとか、ひいてはガラス壜自体の商標であるとなすが如きは、強弁に過ぎるものというべきのみならず、ラベルの剥離している場合に需要者に商品(ビール)の出所の混同を生じている実情に鑑み、最近ビール五社において、空壜使用に当つては自社の壜を使用すべき旨の申合せを行い、以来その実行をしている次第であつて、そのこと自体需要者にガラス壜に浮彫りされた標章が内容物のそれであるという認識が普及、浸透していることを有力に物語るものといえよう。

なお、このようにラベルの表示と浮彫りの標章とが相違することがあるのはビールにおいてのみであつて、本件における(イ)号標章が壜に表わされる焼酎では、そのようなことはなく、浮彫りした標章は常に内容物の商標と完全に符合しているのである。

(4)  原告は、商標権を特許権や実用新案権と同様なものを考えているようである。ガラス壜に浮彫を施すという行為自体は、特許権や実用新案権によつて専用を許されることが可能であるが、商標権の対象とするところではない。被告が(イ)号標章を(イ)号見本のガラス壜に浮彫りしたことにより原告にはなんら実損害を生ずることも、業務上の信用がそこなわれることもない。

このような場合に、原告が自己の商標権を自己に不当に利益に解釈し、被告の正常な営業活動に干渉することは、権利の濫用である。

(5)  以上の如く、(イ)号見本に示すガラス壜は被告にとつて商品ではなく、これについて被告には商標を使用する営業がない以上、被告は(イ)号標章を商品ガラス壜について使用するものではないから、商品について使用されているものでない標章に関してなされた商標権の権利範囲確認審判の請求は不適法であつて、これを却下した審決は正当である。

三、請求原因第五項における原告の主張は争う。原告は、新法上商品についている標章はすべて商標であり、商標権はこのような意味における商標にすべて効力が及ぶと解するもののようである。しかし新法、旧法を通じて商標の保護に関する法の精神に変りはないのであつて、新法によつても本件確認審判の請求の不適法なことは同様である。以下分説する。

(一)  新法は第二条第一項において商標とは「文字…………であつて、業として商品を生産し、加工し、証明し又は譲渡する者がその商品について使用をするものをいう。」と規定し、同条第三項において、「標章について使用とは、次に掲げる行為をいう。」と規定して一定の行為を列挙している。

(二)  右によつて明らかなように、ある物品に標章を附する行為がすべて商標の商品についての使用となるものではなく、それが新法にいう商標の商品についての使用であるには、業として商品を生産、加工、証明又は譲渡する者がその商品について使用するものであることを要する。

(三)  もともと商標法の本質は、広義ないし実質的意義における不正競争防止法に属するものであり、商標権は競業権の一種である。すなわち、商標は一般に出所表示、品質保証及び広告的機能を有するものであり、この機能に基いて商標使用者の業務上の信用が培われ、この機能を果す商標の使用を法によつて規制することにより、商標使用者を不正な競業者から保護してその獲得した業務上の信用の維持を図ると共に、併せて需要者の利益を保護することができるのである(新法第一条参照)。従つて法による保護、規制が必要なのは、この商標の機能であり、それから生ずる業務上の信用の維持及び需要者の利益であつて、それは商標の使用を規制することによつて達成される。商標権の効力範囲または侵害の問題について商標の使用をとりあげる場合、商標の商品についての使用というのは、右のような機能を果すものであるか否かによつて決せられる。新法第二条第三項の規定は商標の使用を定義したものではなく、単に標章の使用の態様を規定したものに過ぎない。右規定に列挙された行為が直ちに商標法上商標の使用となるものではなく、これがためには同条第一項に規定する如く「商品について」使用されることを要する。

(四)  「商標の使用」の概念を右のように理解した上で、本件の場合が新法第二条第一項の「業として商品を生産し………又は譲渡する者がその商品について使用」する場合に該当するかどうかを考えてみるに、右の商品についての使用たるには、(1)(イ)号標章の使用が右の者によつてなされること、(2)(イ)号見本に示すガラス壜が右の者の生産、加工、証明又は譲渡に係る商品であること及び(3)(イ)号標章の使用が右の商品についての使用であることという、相関連した三つの要件を具えることが必要である。

まず右(1)については、被告は酒類の製造、販売を業とする者であつて、業としてガラス壜を生産、加工、証明又は譲渡する者ではなく、ガラス壜について(イ)号標章の使用を必要とする業務は存しない。商標の使用というためには頒布を目的としなければならないが、被告は壜を頒布する目的で右標章をガラス壜にあらわすものではない。

次に(2)については、(イ)号見本に示すガラス壜は被告にとつて商品ではない。空壜となつたガラス壜自体は商品価値を有するが商品ではない。ガラス壜は酒類販売のための容器、道具として使用されるものであり、それのみを頒布することはなく、しかも内容物消費の上は回収される。ガラス壜は被告にとつては自己の使用に供する物品であり、標章が附されていようといまいと酒類の需要者に商品の混同による被害は生じないのであつて、これに(イ)号標章をあらわすのは、被告においてその内容物についての表示をせんがためであり、また他の内容物製造業者にその使用がされないことを期待してのためである。

また(3)については、(イ)号標章はガラス壜が商品であることに関係してあらわされているものではない。ガラス壜はその回収の過程において回収業者にとり商品であつても、(イ)号標章は回収業者の提供にかかることをあらわすものではない。

以上から明らかなように、(イ)号標章は(イ)号見本に示される商品ガラス壜について商標として使用されているものではない。

第四、証拠<省略>

理由

一、請求原因第一項ないし第三項の事実中原告がおそくも次記本件確認審判請求当時から現在までその主張の如き構成と指定商品をもつ登録第二四二、三二七号商標の商標権者であること、被告は(イ)号見本に示すガラス壜の肩部に、原告主張の如き構成から成る(イ)号標章を浮彫りして使用していること及び原告は昭和三二年八月一七日その主張の如く、被告を相手どり特許庁に、右見本に示す商品ガラス壜に使用する(イ)号標章は右商標権の権利範囲に属する旨の確認審判の請求をしたが、右請求は大要請求原因第三項記載の如き判断を以て昭和三七年五月一四日却下せられ、その審決書謄本が同年六月六日原告に送達せられたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、そこでまず(イ)号見本に示すガラス壜が被告の営業にかかる商品であるか否かについて検討する。

(一)  証人竹長源一郎の証言によれば、被告会社は酒類、清凉飲料等の製造、販売を営み、その営業品は焼酎、味淋、清酒、ビール等を主力とし、相当多種類に及ぶのであるが、その製造にかかるこれら酒類等を販売するに当つては、樽等を用いる特殊の事例を除き、原則としてガラス壜を容器としてこれを行い、いわゆる壜詰め販売をしているのであり、(イ)号見本に示すガラス壜は焼酎を詰めて販売する壜であるが、被告会社がかように酒類等を壜詰め販売するのに用いる壜は、新壜を製造業者から仕入れてこれを購入する外、後記の如く古壜(空壜)を集壜業者らから回収購入してこれにあてているのであつて、この酒類等の壜詰め販売を、壜の価額、内容物の代金の関係を中心にして、例をビール壜にとつて観察するに、最近における購入代金は一本につき、新壜は一五円位、古壜は一一円位で、古壜については別に洗滌等に特殊の費用を要するのであり、かような壜の購入、準備費及び内容物たるビールの生産費に壜詰めのための労務費等の経費を合せて壜詰めビール一本というものについての原価が計算され、その上で販売基準価額が定められて販売がなされているのであつて、この販売基準価額中に占める壜自体の価額をいくばくとなすべきかはたやすく明確にし得ない実状にあることが認められる(なお加うるに、前記証人の証言によれば、被告会社においてかように壜詰め酒類等を販売した場合に、壜を、それが右基準価額中に占めるべき相当価額を以て引き取るべき旨の保証等もとより存しないことが窺われるのである。)。

右の事実関係からすれば、被告会社はその営む酒類等の製造、販売の業を現実に行う方法として、容器たるガラス壜等、内容物たる酒類等から成る壜詰め酒類等という取引上一体としての商品を組成し、その代金もかように組成された全体としてこれを定め、この代金で右の壜詰め酒類等そのものを販売しているのであり、そして取引の実際がかようなものである以上、たとえ経済的目的は内容物たる酒類等の販売にあるとしても、法律的に取引そのものは右容器いれ酒類等という全体について営利目的を以てする販売が行われているものとなすべきであり、ひいてまた右の全体を構成している容器たる壜についても営利の目的を以てする販売が行われているものとするのが相当である。して見れば、被告会社は(イ)号見本に示すガラス壜に焼酎をつめて販売することにより(他の壜に酒類等を詰めて販売する場合においても同様であるが、)、右の容器たる壜につき販売の営業を行つているものというべきであろう(原告の主張の趣旨も、右の場合における被告の壜についての営業を販売であるとするにある。)。

(二)  次に前記証人の証言によれば、被告会社は、右のように壜詰め酒類等を販売した後に、容器たる壜、特にそれに後記の如く被告会社の商標を浮彫りしたものを、そのうち(イ)号見本に示すもの等ビール壜以外のものは需要家、小売店(または卸売商)、古壜商次いで訴外川東商事株式会社という経路を経て右訴外会社から、なおまたビール壜も需要家、小売店、次いで卸売商という経路を経て卸売商から、それぞれ再使用のためこれを回収することを行つて来ており、その各段階におけるいわゆる引取代金は、最近におけるビール壜を例にとれば、一本につき小売店が五、六円位、卸売商が九円位であつて、それを被告会社は前記の如く一一円位で回収購入しているのであり、そして被告会社においてかように古壜を回収できる割合は前記のビール壜以外のもので約六割、なおまたビール壜では九割以上に達している実情にあることが認められる。

ところで原告は、右の再使用の目的を以てする空壜の回収を目して、それが、被告にとり附属的商行為になるとか、あるいは被告の営業的利益追求のための行為であるとなし、よつて容器たるガラス壜についての被告の営業であると主張するのであるが、未だそれが旧商標法第一条第一項所定のいずれの営業にあたるかは明らかにしていない。しかるところ、被告の右の如き回収行為が、商法上商行為となるか否か、さらにいかなる商行為に属すべきものであるか、また被告がそれを業とすることによつて営業を、さらにいかなる営業をしていることになるか等の論議は別とし、右の回収において被告は前記の如く、目的物たる空壜について購入者であり、需要者なのであつて、法の右条項所定の「自己ノ………営業ニ係ル商品ナルコトヲ表彰スル」立場すなわち商標を使用して商品につき表彰をする営業者の地位にあるのではなく、あたかもこの営業者たるべき集壜業者ら(訴外川東商事株式会社、ビール壜についてはビールの卸売商)の相手方としてこれらの者から(商標を使用して)目的物たる空壜につき販売を受くべき地位にあるのであり、右回収は被告にとり商標法上右条項にいう営業ではないのである(これを別の面からいえば、被告は右の回収において何ら商標を使用するものではない。)。

(三)  原告は、被告会社は右(一)の壜詰め販売において、また右(二)の古壜の回収において(イ)号見本に示すガラス壜につき営業をしている旨――その他の容器たる壜についても同様であるが、――主張している外(1)被告の営業目的は定款の記載上酒類等の製造、販売に止まらず、これに附随、関連する業務に及ぶが故に被告には右の壜にかかる製造、販売等も存するとか、あるいは、(2)被告は昭和二六年硝子製壜等を指定商品として商標登録を受けているから、被告には前記の容器たる壜についての営業が存するとか主張するのであるが、その前者についていえば、定款上酒類等の製造、販売に附随、関連する業務なるものに、広くその容器たるべき壜の製造、販売一般が含まれているとなすべきか否かはしばらくおくとしても、かかる定款規定の存在の故に直ちに右のような壜の製造販売一般が現実に営まれていると推断すべき限りではないし、またその後者についていえば、単に商標登録を受けた事実の如きは――営業意思の存在を推定せしめるというのを以て限度となすべく――未だ指定商品にかかる現実の営業の存在を推定せしめるものでないことは被告主張のとおりであつて、これを要するに原告の指摘する被告の定款規定や商標登録の事実を以てしては、前記(一)において認定した限度をこえ被告に(イ)号見本に示すガラス壜について広く営業の存することを認めることはできない。のみならず前記証人の証言によれば、被告会社は壜の製造は行つておらず、前記の如く酒類等容器として使用する壜はすべて新壜の仕入れ購入と古壜の回収購入によつてこれをまかなうものであり、また容器として使用する以外には壜そのものを単独に販売するが如きことは一切していないのであつて、結局前記(一)に認定したところが、被告が(イ)号見本に示すガラス壜(その他の壜についても同様であるが、)について行うところの旧法第一条第一項の営業のすべてであることが窺われるのである。

三、そこで(イ)号標章が右一の(一)において認定した被告の(イ)号見本に示すガラス壜の販売において、右ガラス壜の標章として使用されているものとなすべきか否かについて検討する。

(一)  証人竹長源一郎の証言に成立に争なき乙第一ないし第三号証の各一、二を合わせ、且つ、(イ)号見本に示す壜を検するに、被告会社は前記の如く酒類等を壜詰め販売するに当り、酒類等が自己の製造に係ることをあらわすため、その各種について有する商標を壜に表示して販売し来つたのであるが、その表示方法としては、清酒の一升壜にあつては、従来からの慣習上壜に浮彫り、焼附け等を附することをせず、商標を印刷したラベルを最も見易い胴部に貼付する外、剥離しないように肩部にも別に貼付する例であり、ただ清酒でも一合壜ではそのままちようし壜に使えるという便宜を考え、またジユース壜では水に浸しラベルの剥げることの多いのを考慮して、いずれもラベルを用いず壜に焼附けをするのみという例であるが、これらの場合を除いて広く一般には壜の胴部にラベルを貼付し、かつ肩部に浮彫りして表示する方法を用いているのであつて、本件(イ)号見本に示す壜においては、この壜は胴部の直径約七・五cmその胴部の長さ約一六cm瓶の全長約二八・八cmの普通のビール壜状のものであるが、その胴部に被告が焼酎を指定商品として有する商標を印刷したラベルを貼付している外、壜の一面には肩部(胴部の上端)に被告が有する、やや図案化した「寶」の文字から成り、焼酎等を指定商品とする商標を「登録寶商標」と、その下に被告会社名を「寶酒造株式会社」と、反対面には肩部に右商標の称呼を「TAKARA」と、その下に内容量を「正味640c.c詰」と、いずれもその面から見ればこれら一連の文字が壜の左端から右端に達するよう左横書にし、その文字の大きさは「寶」を縦横共約二cmのほぼ正方形、その他の文字をそれよりやや小さい同形にして浮彫りにし、以て(イ)号標章をあらわしているのであり、そして以上のようにラベルを貼付する外、壜そのものに浮彫りをするのは、前者は人目をひき易く表彰力大であるにしても剥離消失してその表彰力の消滅するおそれがあるのに対し、後者は表彰力の大きさにおいては前者に劣るにしてもその永続性に長所があるので、表示方法としてより完全ならしむべく、これら両方法を併用し、ラベルは最も見易い胴部に貼付し、浮彫りは次いで見易い肩部等に顕著に施しているのであつて、要するに被告会社は以上の如くその表示方法においては、内容物とのかねあい、内容物消費における便宜、壜の形状、施す表示方法の表彰力の大小、その永続性の有無等諸般の事情を総合勘案しての合目的的考慮から、ラベルのみ、焼附けのみ、あるいはラベルと浮彫りとの併用というが如く各種相異るものがあるにしても、ひとしく容器たる壜に内容物たる酒類等の出所を表示すべくその商標なり標章を附して販売しているものであることが認められる。

ところで前記証人の証言によれば、被告会社は右のような表示方法によつて酒類等の販売を行うこと既に久しいものがあるが、取引は被告会社の右表示意図のとおりに円滑に行われ来り、過去においてその表示が内容物にかかるものであることを前提としての摩擦が起きたことはあるが、反対にそれが壜そのものについてのものであるとしての混乱を生じたことはないのであつて、現今かような表示方法による酒類等の販売は広く業界一般に慣行されているところであり、容器となつている壜にその標章をつけて壜そのものの出所等をあらわすためには、その標章は壜の容器たる用途に対応して、おのずからそれにふさわしく、例えば底面等に小さく表示するというのが実状であることが窺われるのであつて(証人井田政則の証言中には、右に反し、酒類等の壜詰め販売において業界では、内容物の標章は排他的、支配的にラベルによつてのみ表示するものであり、壜に浮彫りなどした標章は本来内容物をあらわすものとは見ていないとするが如き趣旨の部分があるが信用できない。)、酒類等飲料を壜詰めで販売する場合に、壜の見易い場所に見易い方法であらわされている標章は、それがラベルによるにせよ、焼附け、浮彫り等の方法によるにせよ、すべて内容物の出所を示す標章として受け取られ、壜そのものについての標章とは見られないというのが今日における取引上の経験則であるといわねばならぬ。従つてガラス壜に前記認定の如く顕著に浮彫りされている(イ)号標章は取引上内容物たる焼酎の標章と見られ、ガラス酎の標章とは受け取られないと認められる。

以上要するに、焼酎を(イ)号標章を浮彫りにした(イ)号見本に示すガラス壜に詰めて販売する被告会社には、そこにその主観的意図からしてもその客観的結果から見るも、内容物たる焼酎についての(イ)号標章の使用があり、ガラス壜についての右標章の使用はないとなすべきである。

(二)  次に原告は、回収した古壜による酒類等の販売の場合において、浮彫り等の標章とラベルの標章とにくいちがいがある場合に世人は前者を内容物の標章として受け取り、後者は壜そのものの標章であると見るのが一般であるとして、少くともこの場合あるいはひいて一般に、取引界において内容物を表彰するのはラベルであり、それのみであつて、その他の方法で壜に附された標章は壜そのものの標章である、と主張する。ところで前記の如き取引上の慣行、取引上の経験則に照して考えるに、かように壜に施された浮彫りとラベルとの間に相違がある場合においては、世人は一般に浮彫り等の示す業者が最初にその製品をいれて販売した壜に、ラベルに表示されている業者がその製品を詰めて販売しているものと見る、すなわち相反する二つの内容物の標章の比較においてその一つであるラベルのそれに優位を置くというのが実際であると見るべく(業界において内容物の標章の表示方法としてラベルが重きをなしていることは、証人井田政則の証言によつても充分窺えるところであり、内容物の表示方法としてラベルとその他の方法とを比較するという場合においては、前者に内容物とのより緊密な関係を認めるというのが一般の認識であるといえよう。加うるに浮彫り等をラベルによつて表示訂正することは容易になし得ることであるが、その反対の訂正ということは凡そ考えられないことである)、とすれば、ここでは浮彫り等ラベル以外の表示方法による標章が、その本来有する内容物表示機能を特殊な事態の下で停止しているというだけのことであると観念するのが相当であつて、原告のいうように浮彫り等にかかる標章が元来内容物の標章たる機能を有していないものであるとか、さらにはそれが本来壜そのものの標章であることを示すものとなすべき限りではない。

なお、証人竹長源一郎の証言によれば、右のような事例は戦時下及びその後における新壜の供給が極度に不足した状況下で、これに対処すべく、他の業者の古壜をも使用し得べき旨ビール業界で協定されたのに端を発し、主としてこの業界で起きるに至つたことであるが、かようなくいちがいが内容物の出所判定上に困難、混乱を来すとして一般から強い不評を買うに至つたこと(これにこたえて後に右協定は廃止された。)が窺われるのであつて、右の事実は、浮彫り等ラベル以外の方法で壜に施した標章が――ラベルとくいちがうという異例の場合にはこれに優位を譲るにしても――もともと内容物の標章であつて壜の標章ではないという観念が一般に普及していることを物語るものといえよう。

しかも右証人の証言によれば、このような古壜使用から生ずる標章のくいちがいは右の如く主としてビール壜についてのことで、その他の(イ)号見本に示す壜の如き焼壜等のものにあつてはその事例に乏しく、被告会社においてもかようなことのないよう常に注意している実状にあることが窺われるのであつて、この点からすれば、(イ)号標章の如きはビール壜のそれに比し内容物の標章としてさらに強く認識せられていると見るべきであろう。

(三)  なお、原告は、被告は前記の如く空壜を回収するに当り、(イ)号標章に空壜自体の自他甄別機能を期待しているから、右標章は壜自体の標章であると主張しているので、念のためここでさらに判断する。すでに前記の如くこの回収において、被告会社は商標法上の営業者としてではなく、その相手方たる需要者として取引しているのであつて、そこに被告の標章使用行為を容れる余地はないのである。しかもこの点を除いて考えても、なるほど被告がその空壜を回収するに当つては、これに施した(イ)号標章をもつて、それが自己販売の酒類の容器なりや否やを見分ける資料としていることであろう。しかしこの場合においても、その見分けの目的は、自家製内容物の容器なりしや否やにあつて、壜の出所如何の点にあるのではない。右の意味から考えても、(イ)号標章はその容器内の内容物の標章としてのみ意味付けられ、取り扱われているものと見るのが相当なのである。従つて右回収の場合のことから、本件の(イ)号標章をもつて壜そのものの標章と見るべしとする原告の右主張は到底これを採用し得べくもない。

四、以上要するに、被告には(イ)号見本に示すガラス壜についてその営業がないものとはこれを解することはできないにせよ、その場合(イ)号標章は右ガラス壜の標章として使用されていないのであつて、結局被告は(イ)号標章を(イ)号見本に示す商品ガラス壜(被告が当該標章を附してこれに商標的機能を与える立場にあるような商品としてのガラス壜)について使用していないのであるから、その使用していないものを対象としてする本件確認審判の請求は不適法として却下すべきであり、同趣旨に出た審決には原告主張の如き違法は存しないから、その取消を求める本訴請求はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

五、なお原告は、新法上(イ)号標章は本件確認審判の対象となり得べき旨主張しているが、前記一に記載した特許庁における手続経過に徴し、本件審判については従前の例によるべきこと明らかであるから(商標法施行法第七条第九項参照)、ここに右主張の当否に立ち入るべき限りではない。ただ念のため結論だけを述べれば、新法上被告には(イ)号見本に示すガラス壜の譲渡にかかる業務のみは存することになるが、そこで(イ)号標章は右ガラス壜の標章として使用されておらず、結局被告には右ガラス壜についての右標章の使用はないことになり、従つて新法によるも前記と同一結論に達するのである。原告は、新法において商標の観念に基本的変更が加えられた旨強調するが、旧法第一条第一項が「営業」の語を使用していたのを新法第二条第一項が「業として」と改めたのは、旧法は営業にかかる商品について使用するものを「商標」とし、それ以外の業務にかかる商品について使用するものを「標章」とした上、後者を前者と同様に取り扱うという二本建ての構成をとつていたのを(旧法第一条第一項及び第二六条参照)、新法は両者いずれも「商標」として一本化したまでのことであり(本件においては、旧法上被告の(イ)号見本に示すガラス壜の販売の営業が、新法上その譲渡の業務となるだけであること前記のとおり。)、次に、旧法第一条第一項の規定していた商標の機能的要請については、新法は登録要件として第三条で同趣旨を明らかにしているのであり、また新法第二条第三項は標章(同条第一項参照)についての「使用」の行為を――外形的、態容的な面から――揚げた規定にすぎず、これを要するにこれらの点に原告主張の如き本質的変更はなんら存しないのである。

(裁判官 山下朝一 古原勇雄 田倉整)

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